魔女は、憐れみの花をそっと掲げ、子どもたちを見渡しました。


「坊やたち。――この花は、ただの花じゃない。力の源なのさ。」


そう言うと、魔女が手をかざしました。


パァァァ――ッ!


花がまばゆい光を放ち、病室全体を包み込みます。


「うわぁ……!」


子どもたちは目を見開き、息をのみました。


光が収まると――


病室は魔法の世界に変わっていました。


天井からは、キラキラと輝く星が降り注ぎ、壁には色とりどりの花が咲き乱れています。妖精たちが空を舞い、ふしぎな生き物たちが楽しそうにダンスを踊り、美しい歌や音楽を奏でています。テーブルの上には、食べきれないほどのお菓子やごちそうが並んでいました。


「すっすげぇー!ちょうどお腹が空いてたんだよね!」


ドルジは歓声をあげ、すぐにお菓子に手を伸ばしました。


その時――


「あっ!」


病院の看護師や医師たちが声を上げました。


魔女が、光に包まれながらみるみる若返っていくのです。


しわだらけだった肌は透き通るように白くなり、長い髪が輝きを取り戻していきます。光が収まった時、そこに立っていたのは――


それはそれは美しい女性でした。


金色の光を宿す瞳は、威厳と慈愛を湛え、太陽のように凍てつく激しさと、海のように深く満ちる愛を併せ持つかのような、温もりある微笑みをたたえています。


「まっ、まさか……!貴女様は……!」


たまたま居合わせた街の長老が、目を見開き、口をあんぐりと開けました。膝をガクガクと震わせ、地面にへたり込みます。


魔女――いや、美しき魔法使いは、子どもたちを見つめ、優しく微笑みました。


「アルバート、ヨハン、ドルジ。よくがんばりましたね。」


そして、アンナに視線を向けます。


「アンナ――あなたは、とても良い友達を持ちましたね。」


その声は、どこまでも温かく、けれどどこか淋しげでした。


「……仕方がありません。一度だけ、あなたたちの願いを叶えましょう。」


「ただし――一度だけです。 本来、世界はそのようにはできていないのですから。」


彼女がそう言うと――


パァァァ――ッ!


ふたたび、まばゆい光が病室を包み込みました。


「……!!」


アルバートが驚いて声をあげます。


「……あれ? あれっ!? 見える! ヨハン! ドルジ! 君たちの顔が見えるよ!!」


「アルバート!!」


アンナは大喜びでアルバートに飛びつきました。


「よ、よせよ、アンナ! ちょっ……まじでまずいって……!」


アルバートは真っ赤になり、もじもじと照れくさそうにしています。ヨハンとドルジは、少しムッとした顔で二人を見ています。


「やれやれだねぇ……。」


ふと気づくと、さっきまでの美しい女性は、再び老婆の姿に戻っていました。


「せっかく力が戻ったってのに……こりゃ、また千年くらい待たないとダメだねぇ。」


魔女は肩をすくめ、ほうきにまたがると、ふぅとため息をつきました。


「さてと。もう疲れたから帰るよ。」


すると、子どもたちに向かって、こう言いました。


「まったく、騒がしいったらありゃしない。もう二度と来るんじゃないよ。」


そう言いながらも、彼女の唇にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいました。


魔女は、カラスのアーサーを肩に乗せると――


ヒュウゥゥ……!


ほうきにまたがり、夜空へと舞い上がりました。


その姿は、満月の光に照らされ、次第に小さくなっていき――


やがて、夜空に溶け込むように、すっと消えていきました。


「……ありがとう。」


窓辺に立つヨハンが、小さな声でつぶやきました。


アンナはわんわん泣き、アルバートは困り果て、ドルジはお菓子に夢中になっています。


ヨハンは、一人静かに窓から夜空を眺めていました。