グリーンウィロウからの避難の道は、困難を極めていた。

 ユーリとグレンが率いる町の男達は、次々と現れるアンデッドを必死に食い止める。カリーナ婆の不吉な警告を聞いたあの日から、グレンが密かに打ち直していた武具が、今、彼らの命綱となっていた。しかし、皆の疲労はピークに達し、ソフィアやアンナ、そして避難の渦に巻き込まれたラナの回復魔法も、増え続ける負傷者を前には追いつかなくなっていた。

 一行は、王都へ抜けるための最後の関門、アルヴァン川に架かる「白鹿大橋(The White Stag Bridge)」にたどり着く。しかし、彼らの目に飛び込んできたのは、希望ではなかった。橋の上から川岸まで、おびただしい数のアンデッドで埋め尽くされている絶望的な光景だった。

 町の人々の間に、嗚咽と絶望が広がった。ここまで必死に逃げてきたのに、もはや道はないのか。ある者は天を仰ぎ、ある者は愛する者の名を呼び、泣き崩れた。

 その時、グリーンウィロウの長老イーサン・バルドルが、覚悟を決めた声で言った。

「もう、これまでじゃ。わしがここで時間を稼ぐ。奴らがわしを貪っているうちに、若者たちは子供たちを連れて、何としてもこの橋を渡りきってくれ。この老いぼれの命、未来のためならば、安いものよ」

 その言葉に、他の老人たちも次々に頷き、こぞって馬車から降りだした。「わしらも長老に続こう」「おう、若ぇ衆の足手まといになるくれぇなら、最後くらい役に立たにゃな」

 アンナやアレッタ、フィオナたちが「嫌だ!絶対だめ!諦めちゃだめ!」と泣いて引き止める。しかし、老人たちの意志は固かった。

 カリーナ婆が、涙を流す子供たちに向けて、静かに、しかし凛とした声で語りかけた。「お泣きでないよ。死は終わりではない。ただ、形を変えて巡るだけのこと。我らは大地に還り、お前たちの未来を育む土となる。強きは弱きを喰らい、弱きは強きを支える。それが、この星の理じゃ。我らはもう十分生きた。じゃから、この老いぼれ達に、未来を託させておくれ」

 カリーナ婆がそう告げると、覚悟を決めた老人たちはゆっくりと立ち上がった。その光景は妙だった。立つのさえおぼつかない老人達が、なぜか大きく、逞しく見える。それは、親が子を守るかのような、自身の命すら惜しまぬ気迫と慈愛に満ちた、神々しい姿だった。

 北の大地から、ドドドドド!というけたたましい蹄の音が響き渡ったのは、まさにその時だった。

 土煙を上げて現れたのは、隣国グリムロック連邦の旗を掲げた騎馬隊だった。「なぜグリムロックが…?」「援軍か?いや、しかし…!」避難民たちが混乱と驚きに包まれる中、グリムロック騎士団は、まるで戦車のようにアンデッドの群れを次々と薙ぎ倒していく。

 その中央で、一際目立つ金色の鎧が太陽の光を反射し輝く。風に靡くその金色の髪は、まるで獅子の鬣のように見えた。金獅子の如き猛々しさで、巨漢の騎士がアンデッドを蹂躙していく。

 その姿を、グリーンウィロウの屈強な男達が見逃すはずがなかった。

「あれは…!」「市場にいたマッチョじゃねえか!?」

 己が掲げる正義の名の下に、罪を憎んで人を憎まず、大慈悲を以て戦いに臨む男の中の男。そう、グリムロック連邦最強の男、英雄レオン・ヴァルトその人だった。

「みんな、待たせたな!」

 彼はユーリたちから瞬時に状況を把握すると、部下たちに叫ぶ。

「我らグリムロックが道を開ける!続け!」

「「「おおおおぉぉぉっ!!」」」

 レオンの言葉に、歴戦の勇士たちが雄叫びで応える。

 こうしてレオン率いるグリムロック騎士団の怒涛の突撃により、橋の上のアンデッドは一掃され、グリーンウィロウの避難民たちは、ついに王都ティル・ナ・ローグへとたどり着いたのだった。