ドンドンドン!
勢いよく魔女の家の扉が叩かれました。
「ヒッヒッヒ……誰だい?」
「僕たちだ!」
子どもたちは怒りに燃えながら、魔女の家へと飛び込みました。
「ほう……それで、七色の花は見つかったんだろうね?」
「そんなものはなかったよ!」
アルバートが声を荒げます。
「魔女さん、僕たちを騙したんだね?」
「ヒッヒッヒ……! 何でも願いが叶う花なんて、あるわけがないだろうよ。ヒッヒッヒ!」
「ど、どうして! そんなひどいことをするんだ!」
アルバートの怒りが爆発しました。しかし魔女は、まるで子どもの駄々でも見るかのように、肩をすくめて言います。
「まぁまぁ、落ち着くんだよ、坊やたち。――お前たちの言う七色の花ってのは、これかい?」
魔女は薄暗い部屋の奥からゆっくりと歩み寄り、片手に握られたガラス瓶を差し出しました。
――瓶の中には、虹色に輝く花が入っています。
その花は、この世のものとは思えないほど美しく、妖しい光を放っていました。
「わぁ……! きれいだ!」
「こ、これが七色の花なんですね!」
子どもたちは目を輝かせました。
魔女はニヤリと笑い、続けます。
「そうさね、これが坊やたちの言う七色の花だよ。そして確かに、この花は願いを叶える魔法の花だ。――ただし、それには条件がある。」
「条件……?」
子どもたちはゴクリと唾を飲み込み、真剣な眼差しで魔女を見つめました。
「お前たちの叶えたい願いは何だったかね? ん?」
アルバートは迷うことなく叫びます。
「僕たちの大切な友達の目を治してほしいんです! それが、僕たちのたったひとつの願いです!」
「ヒッヒッヒ……ならば、この中の誰かが、一生光を失う覚悟はあるかい?」
「なっ……なんだって!?」
魔女の言葉に、アルバートは目を見開きました。
ドルジは恐怖で震え、ヨハンは冷静を装いながらも、内心、大きな衝撃を受けていました。
「ヒッヒッヒ……! この花の本当の名は 『憐れみの花』 と言ってね。誰かの不幸を、誰かが肩代わりすることで願いが叶う、まさに魔法のような花なんだよ。ヒッヒッヒ……!」
「そ、そんな……!」
アルバートとドルジは事態を理解しきれず、困惑しています。
しかし、ヨハンだけはすぐにその言葉の意味に気付きました。
「……そういうことでしたか。」
彼は魔女を鋭く睨みつけ、低い声で言いました。
「あなたは本当にひどい人だ。こんな条件、飲めるはずがない!」
「アルバート、帰るぞ!」
「ヒッヒッヒ……! 得るものがあれば、失うものがある。これが、この世の理だろうよ、坊やたち! 当然のことじゃあないさね! ヒッヒッヒ……!」
「帰ろう、アルバート。こんな馬鹿げた話、鵜呑みにする必要はない!」
しかし、アルバートは立ち尽くしたまま、拳を握りしめています。
「……博士、ドルジ。」
深く息を吸い込み、彼は決意のこもった目で言いました。
「僕が犠牲になる。」
「なっ!?」
「僕が光を失えば、アンナは目が見えるようになるんだろ? だったら、僕がそうする!」
「バカ言うな!」
ヨハンは怒りに震えています。
「何を考えてるんだ、アルバート! よく考えろ!」
「もう決めた!」
アルバートの声は、これまでにないほど強い意志を持っていました。
「こんなことをして、あの子が喜ぶとでも思っているのか!? 逆に彼女を傷つけるだけだぞ!」
「博士、ドルジ、よく聞いてくれ。」
アルバートは二人をまっすぐに見つめ、静かに語ります。
「彼女は、まだ僕たちの顔を知らない。でも、僕たちは彼女のことを知っている。そして、この美しい街も、海も、山も、湖も――全部知っている。」
「……それって、不公平じゃないか?」
「だから、僕は彼女に、この世界を見せてあげたいんだ。」
「馬鹿野郎!!」
ヨハンの怒声が響きます。
「カッコつけてんじゃない!! 僕はそんなこと、絶対に許さないぞ!!」
「アルバート、気持ちはわかるけど……」
ドルジは泣きそうな声で言いました。
「でも、これはダメだよ……。なんだか怖いよ……。」
ドルジは早く家に帰りたいようです。
「博士、ドルジ……ありがとう。」
アルバートは微笑みます。
「君たちと友達になれたこと、心から誇りに思うよ。」
「ヒッヒッヒ……さて、どうするんだい? 早く決めておくれ。」
アルバートは、ゆっくりと魔女の方を向きます。
「魔女さん、僕の光を彼女に与えてください。」
「……本当にいいんだね? アルバート。」
魔女の声が、静かに響きます。
「お前は、二度と光を取り戻せない。大好きなママやパパの顔も見れない。友達の顔も、美しい街も、海も、森も、湖も――すべてを失うことになる。それでも、いいんだね?」
「……あぁ。それでいい。」
アルバートの決意は揺るぎませんでした。
「……そうかい。」
魔女は、瓶の中の花をアルバートにそっと手渡しました。
「では、この花を持ち、あの子の無事を祈るといい。目が覚めたとき、お前の光は失われているだろう。」
「この頑固者がー!!」
ヨハンはそう叫ぶと魔女の家を飛び出しました。
ドルジは、おろおろと立ち尽くしたままです。
そして――
それからしばらくして、アルバートは光を失っていました。
こうしてアンナは光を取り戻したのです。