「―――俺が行く!」
遠隔起爆の失敗を悟るやいなや、レオンは馬首を返し、橋の中央へと駆け出した。その背中に、アストリッドと、三人の部下の声が追いすがる。
「将軍!なりません!」
「レオン様!」
レオンは叫んだ。「戻れ!これは命令だ!」
しかし、彼らは引かない。馬を並べ、必死に食らいついてくる。その中で、アルバートは、何かを覚悟したような、思い詰めた表情でレオンの背中を見つめていた。
「ガキの頃に見た、あなたの背中に憧れて、俺は騎士になりました。厳しい訓練も、あなたに認めてほしくて歯を食いしばった。あなたは、俺たちのような若造にも同じ目線で語り、飯を食らい、笑ってくれた。…俺の嫁のハンナも、生まれたばかりの息子のことも、本当の家族のように…気にかけてくださった…!」
レオンは、その場違いな話に困惑する。アルバートは、涙を流しながら、しかし満面の笑みで続けた。
「だから、信じているのです! あなたのような人が、王になるべきなのだと! このくだらない戦争を終わらせて、俺の息子が胸を張って生きられる世界を、あなたなら創ってくれるのだと!」
「アルバート、何を…」
その時だった。アルバートが、アストリッドに向かって叫んだ。
「副官殿!あとは頼みます!」
そして、レオンに向き直る。「将軍、ご無礼を!」
次の瞬間、アルバートはレオンの身体を、馬から力強く突き飛ばした。
「戻れ!お前たち!」
地面に転がったレオンが叫ぶ。アルバートは、主を失ったレオンの馬を駆り、橋の中央へ。そして、流れるような動きで、ヨハンとドルジが、寸分の迷いもなく彼に続いていく。
「アルバート!やめろ!ハンナはどうするんだ!生まれたばかりの子供はどうするんだ!」
「ヨハン!ドルジ!おまえたちまで!」
「なぜ俺より若いお前たちが逝かねばならん!戻れ!」
「やめろぉぉっ!俺が行く!俺が行くと言っているんだ!」
レオンが泣きながら叫び、橋へ戻ろうとする。しかし、その身体をアストリッドが必死に抑えつけた。
橋の中央へ向かう三人を、アンデッドの津波が襲う。
ドルジは、レオンに憧れて握った戦鎚を獣のように振るい、アルバートの盾となった。その巨体には、錆びた剣が、折れた槍が、何本も、何本も突き刺さる。肉を抉り、骨に達するほどの深手を負いながら、彼は決して倒れない。
ヨハンもまた、その身にアンデッドの刃を受けながら、決して詠唱を止めなかった。血反吐を吐きながらも指先は魔法陣を描き続け、友の進路を確保する。
「「行けぇぇぇッ!!アルバートォォォッ!!」」
血まみれのヨハンとドルジが、最後の力を振り絞って叫んだ。
そして、アルバートは叫んだ。愛しい妻と、まだ腕に抱いたこともない息子の名を―――!
彼は、親爆薬の信管にたどり着くと、その剣を力任せに叩きつける!
ドルジは、朦朧としながらも、最後まで決して倒れなかった。
ヨハンは、押し寄せるアンデッドたちに向かって、血を吐きながら笑った。
「―――ざまぁみやがれ!」
カッ!というけたたましい閃光と共に、大爆発が起きた。
白鹿大橋は、轟音と共に崩落し、アンデッドの軍勢を濁流の中へと飲み込んでいく。
「アルバートォォォッ!!ヨハァァァン!!ドルジィィィッ!!」
レオンは、部下たちの名を泣き叫んだ。
レオンはアストリッドの腕を振りほどこうとする。「頼む!行かせてくれ!」
その時、パァン!と乾いた音が響いた。レナ・アストリッドが、涙を流しながら、レオンの頬を思い切りひっぱたいていた。
「しっかりしろ!レオン!」
「あなたが倒れたら、誰がこの国を導くのです!あなたは彼らの分も生きなければならないのです!」
レオンは、ただ子供のように泣き叫んだ。
レオンが慟哭する、その一瞬の隙。背後の闇から、一体のアンデッドが音もなく忍び寄り、その錆びた刃を無防備なレナの首筋へと振り下ろす!
「危ない!」レオンが気づいた時には、もう遅い。
誰もが息を呑んだ、その刹那。
闇よりも速い一閃が走り、アンデッドの首が宙を舞った。返り血を浴びることもなく、ザインがそこに立っていた。
「なにをぼさっとしてる!ここは戦場だぞ!」
その声に、レオンははっと我に返った。彼は、涙を拭うと、震える足で立ち上がる。
「…すまない。手間を掛けさせたな…。」
彼は、ザインと、そしてレナに詫びると、崩落した橋の向こう、まだ残るアンデッドの群れと、守るべき王都を見据え、気合を入れ直した。
「必ず、生きて戻るぞ!」